諦めるは実は良い意味?本来のことばのニュアンスについて解説
投げ出す、失敗する、挫折する……日常のレベルではマイナスのイメージで使われることが圧倒的に多い「諦める」という表現ですが、もともとは良い意味で使われており、本来のことばのニュアンスとしては決してネガティブなイメージではありません。
「諦める」のように、もともとは良い意味で使われていた表現についてもまとめましたので、本来のことばの由来についても深く理解していきましょう。
【本当は良い意味だった?「諦める」の本来のことばの起源】
現代ではマイナスのイメージしかない「諦める」という言葉。
しかしながら、本来のことばのニュアンスとしてはむしろ良い意味で使われており、一般的に思われているような悪い意味ばかりではありません。
本来のことばの意味でいうと、「諦める」は仏教から一般化したとされる説が有力であり、「物事の道理や真理を見極めたうえでみずからの運命を見定める」というニュアンスが本来のことばとしての語源であると考えられています。
また、「諦める」を使った諦観という熟語には悟りを開く、という意味合いも込められており、このことからも日本人が古くから「諦める」を時に良い意味で解釈してきたことがうかがえます。
【言葉は生き物?本当は良い意味だったネガティブワード】
「諦める」だけでなく、現代ではネガティブワードとして当たり前に使われている日本語も、本来のことばの由来をひもとけばもともとは良い意味として使われていた、というものも少なくありません。
「みすぼらしい」という形容詞もその仲間で、「素晴らしい」という表現が変化して現在の形に落ち着いたと考えられています。
素晴らしい、が語源ですから本来のことばとしては良い意味で使われており、それが時代とともに正反対の意味で使われるようになるというのはやはり、日本語の面白さを感じさせます。
四字熟語では「八方美人」が有名で、本来のことばとしては「誰にでも等しく気を遣うことができる有能な人」という意味で使われていたのですが、時代の流れとともに日和見的である、というネガティブなニュアンスで使われるようになりました。
現代語としてはマイナスな意味をもつ「諦める」も、本来のことばとしては良い意味で使われており、今でも仏教の世界では悟りを開くまでの大切なプロセスとして位置づけられています。
他にももともとの意味を大きく変化させて使われている日本語がたくさんありますので、由来についてひもといてみるのも興味深いかもしれません。
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